2007年4月5日木曜日

中京女子大に男子学生6人入学

中京女子大に男子学生6人入学
 中京女子大(愛知県大府市、谷岡郁子学長)で3日、入学式が行われ、今年度の入学生約420人のうち、人文学部に入学した男子学生6人もスーツ姿で臨んだ。  大学名に「女子」が付きながら、男子も受け入れる大学は、大学院を除き全国で初めて。
 一昨日のネタでスマソ。一瞬リアルおとボクかと思ったけど「女子」の名前をはずしていない共学と言うオチでした。

鶏皮ギョーザ

 スーパーで見かけて無性に欲しくなって買ってきた。鶏の皮は大好物だ。鶏の料理は色々売ってるけど皮が剥いているのが多いので、その余った皮を使った商品を開発したのかな?  早速作ろうとするものの「5分揚げる」とある。しまった、揚げる道具がない(揚げ物はあまり自分で作ってまで食べたくないので道具を用意してない)。仕方ないのでレンジで1分ほど温めてから4分ほどフライパンで炒めてみた。こんがり焦げていい感じです。  試食。中身は確かに餃子。それに鶏皮でくるんとくるんであってカリカリと旨い。ナイスです。野菜炒めと一緒に食べたけど、量的には10個はちょっと多いかな。でもうまいから良いか。これからも時々食べたい。

2007年4月4日水曜日

ペリカン便で実験(配達時刻指定)

 amazonを使っている方はご存じのように発送したら、「発送したよ」と言うメールが届くわけですが大体会社に行っている間に届けられてしまって「不在票」が入っていたりするわけです。で、その不在票を元に電話したり、webで操作したりして再配達の申し込みをするのですが、せっかく「発送したよ」メールで伝票番号が知らされているので最初の配達前にWEBで行うことはできないのか?と早速ペリカンで再配達指定をしてみました。「一度目の配達がされていない」エラーはでなかったです。  結果は昨日のおとボクが来たことからも分かるようにうまいこと行ったようです。少なくとも不在票はなかったです。でもあまり無理かもしれない日程は設定しないほうが親切かも。昨日も朝発送メールで夕方到着を指示(いつも当日到着していた)したのですが2件のうち一件は翌日到着になってしまいました。なので再配達指定の備考欄を使って無理だった場合の日時とかも同時に書くと良いかもしれない。

2007年4月3日火曜日

乙女はお姉さまを恋してる 4 (ツンデレラ)

キタ━(゚∀゚)━┥中│中│中│東│東│東│南│南│南│西│西│西│北┝┥北┝━(゚∀゚)━!!!!! 乙女(おとめ)はお(ボク)さまを恋してる 4DVDが密林から到着。  何というかこのアニメ、かなり狂ってます。良い意味で。 最初「女装して女学院に通う」と言う設定を聞いた時に正直、「いくら何でもそのあり得ない設定。キモイ」と思ったけど第一話を見て降伏しました。面白いです。男と女のちょっとした違いや、段々立ち振る舞いがとても女性らしくなって、それに伴って人気がでていくさまとか。だからといって女々しくなるのではなくて、言うべきことを暴力的や感情的にならずに言ったりする。私にはそれがとても難しくてお手本にしたいです。  おとボクを見ていて思ったけど敬語というのはすごく響きが綺麗だ。今まで上の者を敬わせたり、「距離を置きたい」時の使い方ばかり目に付いていたてあまり敬語というのは好きではなかったけど、「好きです。尊敬しています」と言う気持ちを伝えたり、逆に「殴り合わずに迫力を伝える喧嘩」にも使えたり、敬語の魅力を再発見しました。そう言えば林原めぐみさんの本で「争いは汚い言葉よりも敬語で言い合うほうが迫力がでる」と言うのを読んだ記憶があります。  12話まで見終わってみると、おとボクの世界が正しい世界で、間違っているのは現実の方で、3Dの世界にこういうのが足りてないから戦争が無くならないんじゃないか?という気さえしてきました。なんか2期があるとか ないとか噂があるけど、もし私が脚本作るのだったら瑞穂お姉さまがその後どういう人生を歩むのかを書いてみたい。多分普通に一社員と言うのはあり得なくて、みんなを誘って会社興したり、あるいはその養った女性らしさを武器に国際的な調停役になったり、色々普通じゃない人になるのは間違いない。 ツンデレラ  今までネタとしてタイトルだけが一人歩きしていたこのツンデレラが幻の13話として収録されています。もちろんツンデレラ役は厳島貴子会長。ちょっとデレ分が足りないのは心残りだったけど、その分11話での見事なデレっぷりは大笑いさせていただきました。 # 密林から同時発送された灼眼のシャナSP―劇場版「灼眼のシャナ」公開直前スペシャル!―が届いてません。 # ペリカンの口の中にでも隠れているようです。

2007年4月2日月曜日

哲学

簡単にキャラクターの「哲学」と言ってしまったけど、そもそも哲学とは? 辞書をひく(別窓)と色々説明してあるけどどうもしっくりこない。 ここは「善悪の判断基準」とでもしておくと自分的にすっきりするので今後そうする。 それからもう2つ、「愛」「仕事」も #define 哲学     善悪の判断基準 #define 愛       自分や他人に喜びを与える行為 #define 仕事     喜びを与える手段。 /* 必ずしも金銭を得る手段ではない */ こう考えると2Dと3Dが同じ土俵で処理できるのではないかと。 哲学をきっちり持つことは簡単そうで難しい。それは多分お金を得るために自分が正しいと思うことをねじ曲げてしまう からだと思う。逆に案外子供のほうが良い悪いを直感的に分かっていて大人に反論して困らせるものだ。 ここで哲学のしっかりしている大人だと「はっ」と感心するけどそうでないと「屁理屈を言って」なんて頭ごなしに否定 してしまう。私の場合、子供でも赤ちゃんでも相手はれっきとした人間、子供扱いして良い理由なんてない。 もちろん暴力やむごいわがままはしかる必要があると思うけど、その際も「なぜ、どうして、注意しているのか」を 説明する必要があると思う。それを説明することは大人にとっても良い哲学の訓練だ。 子供は大人が思う以上に理解しているから絶対手は抜けない。手を抜くと子供に相手にされなくなる。 大人になってしまうと哲学を得るのは難しくなるなると思う。なかなか「手本になる人」が身近にいるものではないし、 いたとしてもその存在に気がつくのも難しければ、教わるのはもっと難しい。 教わるチャンスと言うのがなんか大小の事件があった時にどう対処するかを見た時位で、 そんなことは年中近くにいる人でもない限り難しい。これの対策として (1) 親しい人を沢山持つ (2) 小さな事件も見逃さない (3) リアル世界以外に求める そう、2Dから哲学を得るのは(3)の行為に他ならない。別にアニメに限らず普通の小説や伝記やドラマとかでも 良いのだがなぜか2D。なぜなのか? (1)萌え (2)一流の絵 (3)一流の音(音楽) 色々考えたけど結局のところ好きに理由なんてありません。

2007年4月1日日曜日

妄想と夢の境目

ついにBLOGを始めてしまいました。今まで始め損なっていたけど改変期はちょうど良い機会です さて、「妄想と夢の境目」をタイトルとしてみたのですがそのタイトルから期待させるほどうまい文章が書ける訳では 無いけど、自分の思っていることをダンプリストのように追々書いてみようかと思います。 utlからもピンとくるかと思いますが二次元の話を中心に進める予定です。 なぜこのタイトルをしたかというと最近「アニメの世界はどこまで非現実なのか」と言うのに疑問を持ったからです。 例えば、アニメの世界から(正確には違うだろうけど)プラスティック製のフィギュアが作られ、 多くの人に愛でられるのはよくある話です。また恋愛の対象として2D>>3Dと言うのもよくある話です。 ではここで問題。今までプラスティックの様な無機物でしか作られなかったフィギュアが有機物でも作れるようになり、 あろう事か普通の人間のように走り回り、しゃべり、 2Dの世界と同じように3Dの世界で行動したとしたらアニメの世界は非現実の世界だと言い切れるのだろうか? そしてそのような世界になった時、アニメの世界では原作者や監督が提供していたキャラクターの「哲学」 はその歩くフィギュア達にどうやって供給されるのか? こんなテーマの答えをだらだらと探しながらのBlogにする予定です。あくまでも予定